いつも読んでくださりありがとうございます。
今日は小学校入学と、小学校低学年時代の登校拒否のお話を書いていきたいと思います。
優しい先生や初めてできたお友達、楽しかった幼稚園を卒園して、小学校へ入学しました。
同じ幼稚園からのお友達も何人かいましたが、仲良しの子とはクラスが違いました。
入学して早々、またも登園しぶりならぬ、登校しぶりが始まりました・・・。
担任の先生は年配のベテランの女性でした。
怒鳴りはしませんでしたが、厳しい印象でした。
そしてまたも、授業中に「トイレに行きたい」と言い出せず、お漏らしをすること数回・・・
先生には呆れられ、小言を言われながら私のお漏らしの始末をしてくれていました。
クラスメイトにからかわれては、すぐ泣く癖も治まりません。
給食も、なかなか食が進まず、食べるのが遅いと叱られる日々・・・
またも、学校は“怖い”場所となってしまいました。
学校へ行きたくない、と言うのに数か月もかからなかったと思います。
それからは母に毎朝、なだされほだされ、時には叱られながら、
自分との葛藤の日々が始まりました。
学校へ行ったら行ったで楽しく過ごす日もあったのですが、
根本的に、先生が怖い、そしてクラスメイトにも意地悪をされる、
という認識だったので、学校が楽しい、学校へ行きたい!と思うことは、小学校3年生で親友ができるまでは続きました。
まるで会社勤めをするサラリーマンのような気持ちで、月曜日の朝を迎え、
金曜日の放課後は一番幸せな時間、そして日曜日の夜は絶望的な気持ちの中、眠りについていました。
サザエさん症候群というのがありますが、まさにあの状態でした。
小学校1年生で!
ただ、この気持ちを母や他の人に言ったことはありませんでした。
今なら客観的に判断して自分の気持ちを言葉にすることができるのですが、
当時はそんな語彙力もなかったですし、人と比べることもできなかったので、きっとみんなそんな気持ちなんだろうな、と考えていました。
ですから、現在自分の子供たちが、学校大好き!早く学校へ行きたい!と言っていたのは、当初は衝撃を受けました。
私にとっては、家の中は安全地帯、休日は母と一緒なので安心でき、好きなことをして楽しく過ごしました。
そして学校は、“毎日、誰かに傷つけられる場所”・・・
そんな認識で小学校生活はスタートしました。
小学校2年生の終わりまで、学校へ行ったり行かなかったり、の状態が続きました。
お話しする友達もちょこちょこできたりしたのですが、なかなかお友達に会うために学校へ行きたい、とまでは思えませんでした。
ですが、この当時から少しずつ、学校へ行かないことの罪悪感を感じていました。
学校へ行けなかった日は母も呆れているように感じて、心からその日を楽しめなくなりました。
何か自分が悪いことをしているような・・・
普段は学校へ行っていて見れない時間帯に放送している幼児向けのアニメを見ながら、
自分が学校へ行っていない罪悪感と虚しい気持ちでいっぱいになりました。
学校へ行かない子は悪い子なんだ、という考えが芽生えて、それからは無理して頑張って学校へ通い始めた気がします。
「きっと今日もイヤなことがあるんだ」と、怯えながら・・・
次回は、小学校へ行くのが楽しくなったきっかけ、を書いていきたいと思います。
読んでくださり、ありがとうございました!
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